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活動終わる

5月3日 デリー 晴れ

首都デリーにて帰国前の公務(大使館、国際交流基金表敬)を終え
インドでのすべての活動が終わりました。
今、インドから最後の更新です。

振り返ると、2年4ヵ月という時間は長いようで短い時間でした。
とても一言では言い表せない経験です。
今は協力隊でインドにこられたという偶然の運命に
ただただ感謝しています。

ありがとう、インド、さよなら、インド

このブログは「プネ」のいろいろについて書こうと思い
始めたものですが、なかなか頻繁には更新できませんでした。
今後、帰国して時間があるときに回顧録として更新していきたいと思います。

それでは、また日本から。

ナマステ

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Xデー

1月5日 晴れ

明けましておめでとうございます。
こちらインドでは特に西暦の年末年始を祝う習慣はないので
1月2日の月曜日から通常どおり動いております。
正月ムード一切なく。ま、いいですが。

そして、もちろん年越しにそばなんてなく、
年越しもカレー、新年もカレーを、いつもどおりいただきました。
幸せなことです。

日本の年が変わる時間に合わせて(インド時間午後8時半に)
電話をかけてみましたが、「こちらはNTTドコモです…」と
日本語のアナウンスでした。そりゃそうですよね。
余談ですが、その時間、まさに年越しカレー中でした。

2010年1月5日、ちょうど二年前
私は日本を出発し、インドで活動を始めました。
2012年1月5日、今も私はプネにいます。

本当ならば、二年が任期なので二年で活動に区切りをつけ
帰国しなければならないのですが、私は任期延長となりました。
延長出来た理由は、日本の東日本大震災の影響でボランティアの
募集が一時ストップしていて、後任をスムーズに呼ぶことができない
というのが主な理由です。あと、本人の希望です。

私は4ヵ月の任期延長が認められ
2012年5月4日まで活動できることになりました。
ですので、もうしばらくこのブログも続けられそうです。

それから、この場を借りて、任期を全うし帰国した
同期のみんな、二年間本当におつかれさまでした。
直接会ってみんなと感動の再会を果たしたかったですが
もうすこしここで頑張ることにしました。
インドにぜひぜひお越しください、お相手しますよ:-)

帰国まで残り4ヵ月。
更新の滞ることの多いブログですが
今年もよろしくお願いいたします。


帰国

9月26日 晴れ

青年海外協力隊は、年4回、海外にボランティアを派遣しています。
ちなみに、私は「平成21年度3次隊」です。略して21-3です。

今日、私のひとつ前の時期に派遣された隊員(21-2)の皆さんが
帰国していきました。はじめは5人いた隊員も今は3人となりましたが
それぞれが充実した活動をされ、任期満了で帰国となりました。

国土が大きいわりに隊員数が少ないインドは
隊員同士の関わり合いは、ほかの国のように濃くはありません。
職種も任地も違えば、顔を合わせるのは隊員総会の年に二回ほどです。
でも、活動期間が長く重なっていると、それなりに関わります。

そんな21-2の隊員が帰ってしまいました。
本当に二年間、酷地インドでの活動、お疲れ様でした。

日本語教師、柔道、助産師の隊員が今回帰国し、
今インドにいる隊員は9人になりました。
うち8人は日本語教師隊員です。1人は助産師です。

次、帰国となるのは、21-3の私なのですが、
いろいろ偶然が重なって、任期を4ヵ月延長することになりました。
帰国は約7ヵ月後の2012年5月4日です。

帰国の実感は…まだ全然ありません。


ホストファミリーのこと

4月27日

※ホストファミリーはプネではありません。
 デリーのホストファミリーの話です。

0427.jpg

協力隊で派遣されるとき、はじめの一ヵ月は現地語学訓練があります。
その一ヵ月間のうち一週間は現地人家庭にホームステイします。
私のホストファミリーはOberoiさん(シーク教徒)で、
ホームステイ中もいろいろシーク教徒について聞かせてもらいました。
写真はわたしがホームステイした当時の家族の写真です。

私たち(ほかの隊員もOberoiさん宅にホームステイしています)が
シーク教について基本的なことからあれこれしつこく聞くものだから
「じゃあゴールデンテンプルに連れて行ってやる」ということになり、
3月に本当にゴールデンテンプルのあるアムリトサルまで
連れて行ってもらいました。


ここからは写真の多めで、ご紹介します。

3月1日 プネからデリーへ Oberoiさんファミリーと再会
みんなと一年以上ぶりの再会。子どもたちも相変わらず元気いっぱいでした。

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3月2日 デリーからアムリトサルへ
デリーからアムリトサルへは電車で5-6時間の道のりで
私たちは6時にニューデリー駅から出発しました。
インドで初めての電車旅行、初めてのニューデリー駅です。

0427-7.jpg

電車はシーク専用車両?のようで、みーんなシーク教徒でした。
そのため、車内でもスピーカーで聖歌を流し、お祈りしたり、
ゴハンたべたり、お茶飲んだり、とにかくにぎやかでした。

アムリトサル到着です。すぐにゴールデンテンプルに行くのかと思いきや
ホテルに直行し、とりあえずチェックイン&ティータイム。
さらにひと眠りして、ようやくゴールデンテンプルに向かいました。

5時半、ゴールデンテンプル着。本当にゴールデンで感動。
もちろん敷地内は土足禁止、男女ともに頭を布で覆うのがルールです。
入口に靴預け所があって、無料で貸してくれるバンダナも用意されていました。

0427-3.jpg

これは、ゴールデンテンプル内の聖水で沐浴しているところです。
身体の痛いところにこの水をかけます。痛みがとれるそうです。
この日は曇っていて雨も降るような寒い日でしたが、
写真奥の人は服も脱いでの沐浴でした。

0427-8.jpg

敷地内に入ると、とても静かで厳格な雰囲気。
お父さんがいろいろ説明してくれました。本当にいろいろ。
そして、いよいよゴールデンテンプルのなかへ…。

なかで写真を撮ってはいけないとは言われませんでしたが
とてもそんな雰囲気ではなく…撮りませんでした。
あの独特のハルモニュームとタブラの音色、祈りの言葉
Oberoiさん家のテレビでよく見ていた光景が目の前にありました。
ゴールデンテンプルは吹き抜けの二階建てになっていて
一階はお祈りとお参り、二階はそれを見るスペースが設けられています。

二階にあがり、しばらく座って心を落ち着けていると
急にみんなが立ち上がり、手を合わせてお祈りし始めました。
その後しばらくお祈りを続けて、お祈りが終わると
床に頭をつけたり立ち上がったりを二、三度。
そして最後は立った姿勢で360度くるりとまわってお祈りおしまいです。

このころちょうど午後7時ごろ。
午後7時はシーク教徒にとってはお祈りの時間で
それをゴールデンテンプルの本堂の中で迎えてしまったのです。
とても神秘的な不思議な時間でした。

外に出てみるとすでに日は暮れていました。
そして、照明に照らされたゴールデンテンプルも素敵でした。

0427-4.jpg

お祈りが終わって建物から出ると
「プディング」と教えてもらいましたが、甘いお菓子をもらいます。
日本のプリンとは全く違うものですが、甘くて美味しいお菓子でした。

ちなみに、ヒンドゥーのお寺(マンディール)に行くと
ココナッツの破片やザラメとココナッツを混ぜたものをもらいます。

物をもらうとき、両手で受け取るか、右手で受け取るかというのも
宗教によって違います。
Oberoiさんからは必ず両手で受取るように言われました。
ヒンドゥー教では、左手は不浄の手なので右手で受取ります。


さてさて、待ちに待った食事です。
ゴールデンテンプル内にレストランはありません。食堂があります。
チャイ屋はありませんが、大きいボールでチャイを飲むところがあります。
ホテルはありませんが、泊まるところはあります。
これらは全て値段がついていません。
うらを返せば、無料で飲み食いし寝床も用意されているのです。
シーク教徒だけのためではなく、どんな人が行ってもそうです。
もちろん、寄付金箱が用意されているので、そこにお金を払う人が多いですが。

0427-9.jpg

チャパティとカレー2種類でした。あとでご飯も出てきます。
味は、、、インドの味でした。

料理を作る人も片付けをする人も床の掃除をする人も
当たり前ですが、みーんなシーク教徒です。
協力し合っている、助け合っているのがとても印象に残りました。


そして、翌日の朝、みんなでアムリトサルで一番のパラタを出すという店で
みんなで朝食です。パラタとは、チャパティとチャパティの間に
じゃがいもやほうれん草などの野菜をマッシュしたものを挟んで食べる料理です。

0427-6.jpg

お客さんみんなこのパラタを食べていたので確かに有名なのでしょう。
たっぷりのバターと一緒に食べるので、朝食にしては少々重いですが
ありがたく、おいしく完食しました。

そして、再びゴールデンテンプルへ…。

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こんな感じで野外の演奏を聴いたり…

0427-11.jpg

水辺に座っておもいおもいに想いにふけったり…

そして、夕方アムリトサルを出発してデリーに帰ってきました。

今回の旅は、あいにく天候に恵まれず雨にふられたり
寒かったりしましたが、内容的には大満足の旅となりました。
連れていってくれたホストファミリーにも感謝です。

偶然の出会いによって貴重な経験ができました。一期一会です。


CWG前のデリー

9月30日 晴れ

今週は月曜日から木曜日まで首都デリーにいました。
目的はインドにいる協力隊の機関誌を作るためのミーティングと
国際交流基金ニューデリー日本文化センターの訪問でした。

まずデリーに着いて思ったのが、暑い!都会!!!ということでした。
首都なので当たり前と言えばそうなのかもしれませんが、
やっぱりデリーは都会です。日本の東京みたいです。
なぜそう思うのかというと、1月の首都研修のときと比べて
道も整備されて、メトロも開通して、オートリキシャもメーターつけて、
物乞いとか、路上生活者が格段に減ったので、それまでのデリーの印象から
かなり変わりました。洗練されたとういか、
ここはヨーロッパかと思うほどでした。コンノートプレイスからの風景↓

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今まではメトロの工事のため、工事用のつい立てがあって
よろしくない外観でしたが、それもスッキリ取り払われてとってもきれいでした。
交通が変わったというのは着いてすぐわかりました。
バスも新しくて、電光掲示板があってドアもきちんと閉まるバスばかりでした。
メトロのおかげか、慢性的な渋滞も緩和されていたように感じました。
(プネより全然いいぞ、と思うことが多かったです)

仕事は無事に終わって、余った時間に買い物に出かけました。
行き先は、グルガオン。メトロでグルガオンまで行けるようになったと聞き
事前のリサーチなしで、とりあえず行けばなんとかなるかという考え。
それが甘かった…駅に着いても特に目ぼしい建物はなく、うろうろする羽目に。
とりあえず大きめのショッピングモールへ行こうと若いおねえさんに聞き込み調査、
なんとか教えてもらったモールに到着しました。トールブリッジと聞きました。

0930-3.jpg

こんな立派なショッピングモールでした。
買い物三昧、、、の予定でしたが、おのぼりさんの私と同期のKさんは
その都会ぶりに圧倒されるばかりで、私は何も買えませんでした。
でも、周りのインド人達はバンバン買い物してバンバンお金を使っていました。
インド人のお金持ちの人はお金の使い方が大胆です。

急速にいろんなところが変わっていくデリー、その理由はいろいろあるでしょうが
一つの理由にコモンウェルスゲームの開催があります。
コモンウェルスゲーム専用の車線があったりメトロで空港まで行けるようになったり
(9月30日現在では空港と市内を結ぶラインはまだ開通していませんでしたが)
政府もたくさんのお金を注ぎこんで、コモンウェルスゲームを後押ししています。
そんなCWG、10月3日から始まります。


プロフィール

trdatmko

Author:trdatmko
2010年1月から二年間、青年海外協力隊の日本語教師としてインド・プネで活動中。インドでは、チャイをたくさん飲む(そして上手に淹れる)、ラクダに乗る、サリーを着る、を身近な目標に楽しくかんばります!

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